僕は手術が出来ない獣医さん

動物行政、動物愛護、殺処分等について、動物愛護センター獣医師としての勤務経験を通して感じたことをつらつらと。あとはフォトグラファーとしての活動もつらつらと。

食品から動物へ

入庁して最初の半年は、食中毒とか飲食店の営業許可とか、そういう部署で「食品衛生監視員」として働いていた。大学時代は公衆衛生分野の研究室に配属されていたし、食中毒関連の知識については人並み以上にある自負があったため、いわゆる「自分の力を発揮できる職場だ」と張り切っていた。

公務員として働いたことのない方が「公務員」と聞いてイメージするのは、「杓子定規」とか「融通が利かない」とか、そういう感じなのかなと思う。そのイメージは、合ってもいるし間違ってもいる。

まず、公務員は大前提として、「公平なサービス」が求められる。特定の誰かを特別扱いは出来ないのだ。そういった意味では、杓子定規であると思う。

しかし、実際に公務員として働いている人間は、実は白でも黒でもないグレーばかりであることにすぐに気が付く。何もかもが多様になっている時代、それらを許容しようとする時代、白か黒かの線を引くことは非常に難しいのだ。そんな中で、「食品衛生監視員」という仕事は、公務員としては比較的、白か黒かの線を引きやすい部類に入るように思う。例えば、食品中の成分について、「基準値」があって、これを超えたら白も黒もなくアウトなのだ。

そんな食品衛生監視員として半年働いた後、僕は動物愛護センターに異動の辞令を受けることになる。うちの自治体の動物愛護センターといえば、膨大な事務量と多大なストレスで有名な職場だった。事務量、つまり忙しさについては何となく想像できるが、ストレスとは一体・・・。僕にとっては圧倒的な未知であった。というかそもそも、獣医師免許を持つ人間みんなが、動物の診察を出来るわけではない。法的にはしても良いことになっているが、大学の実習でちょっとかじった程度の僕に務まるのか、漠然とした不安が拭えぬまま、僕は動物愛護センターの職員となった。

以前の職場は、ものすごく法律を勉強する必要があった。頭に入れておかなければならない法令もたくさんあった。しかし、動物愛護センターが所管するメインの法律はたった二つ。「狂犬病予防法」と「動物の愛護及び管理に関する法律(以下、動物愛護管理法)」、これらだけである。狂犬病予防法を簡単に説明すると、犬は市町村に登録しなければならない、年に1回の狂犬病予防注射を受けなければならない、というものである。もちろん、鑑札着用の義務とか、自治体職員による抑留の話とか、そういうのはあるけれども。

厄介なのは動物愛護管理法。この法律の中では、「適正に」とか「努めなければならない」といった、ふんわりした言葉が連発されている。何をもって「適正」なのか、どの程度なら「努めている」と判断できるのか、明確にして欲しいところが曖昧なのだ。「法律」の一般的な構造上、細かい部分については施行規則とか色々なところに落ちていくものなのだが、何を調べても曖昧なのだ。

動物愛護センターの業務の多くを占めているものとして、「苦情対応」がある。野良猫への餌やりや、犬の鳴き声や放し飼い、猫の外飼いなど、内容は多岐にわたる。例えば、犬の鳴き声。「何メートル離れたところから何デシベルであればアウト」みたいな基準があればよいのだが、そんなものはない。法律の中では、「人に迷惑を及ぼさないように努めなければならない」と書かれているのみである。

動物愛護センター職員として一番最初にぶち当たった壁は、そういった法律の壁であった。