僕は手術が出来ない獣医さん

動物行政、動物愛護、殺処分等について、動物愛護センター獣医師としての勤務経験を通して感じたことをつらつらと。あとはフォトグラファーとしての活動もつらつらと。

野良猫問題の現状①

住宅密集地等において、しばしば問題になる野良猫問題。動物愛護センターで勤務していて最も多い苦情が、この野良猫にまつわるものである。

糞尿被害、爪とぎ被害、ノミ、発情期の鳴き声等。餌をやっている人間に指導してくれ、野良猫を駆除してくれ、春~夏ごろになると、毎日のようにこういう内容の苦情が来る。

この問題を解決するために全国的に取られている方法の一つが、TNR活動と呼ばれるものだ。Trap(=捕まえる)、Neuter(=不妊措置)、Release(=放す)の頭文字をそれぞれ取ったものである。簡単に説明すると、野良猫を捕獲機等で捕まえて、それらを動物病院に連れていき不妊手術を行い、また元にいた場所に放してやることで、これ以上野良猫が増えないようにしようという取り組みである。多くの自治体が、この活動に助成金を出し、支援している。ちなみに、僕が働く自治体でも助成金を出している。

この活動がなぜ全国的に広まっているのか、それを説明するためにはまず、「野良猫を駆除してしまえば早いんじゃないの?」という問いに答える必要がある。

結論から言うと、行政が野良猫を捕獲して駆除することは、法律で認められてもいないし、禁止されてもいない。犬については狂犬病予防法の中で、放浪している犬を捕まえることが明記されているが、猫については狂犬病予防法は適用されない。

と、ここでアンチ野良猫の方々からは、「禁止されていないなら捕まえて処分してよ」という声が出てくる。しかしそうもいかない。

例えば目の前にいる猫を、「100%野良猫だ」とするのは非常に難しい。外飼いされている猫かもしれないし、たまたま逃げ出してしまった猫かもしれない。餌をやっている人間がもし仮にいたとしたら、「自分が飼い主だ」と言い出すかもしれない。そうなると、行政職員が、法律で規定もされていないことをわざわざやって、一般人の財産を処分してしまったということになりかねないのだ。「なりかねない」としたのは、まだまだ裁判の判例が少なく、全てが曖昧だからである。・・・とまぁ、そんなわけで行政は積極的に野良猫を捕まえて処分するようなことはしないのである。そもそも世間の風潮として、捕まえて殺すなどということが簡単に許されるわけもなく。「駆除したらいいんじゃないの?」という問いに対する答えは、実はなかなかデリケートなのである。

で、「野良猫に困っている」という相談を受けた際、行政としては忌避剤等を紹介して、とにかく敷地から野良猫を追い出してもらうよう助言するのだ。しかしこれにも限界がある。そこで、TNR活動の登場である。今、目の前にいる野良猫に目を向けるのではなく、長い時間をかけて野良猫を減らしていこうという取り組みだ。ほとんどの猫好きの人間は、野良猫は不幸な存在だということを認識している。飼い猫は20年生きることも普通になってきた時代にあって、野良猫の寿命は5年程度と言われている。もちろん、10年以上生きる個体もいるが、活動について住民に説明する際には伏せている。「そんなに生きられたら困る」と紛糾するに決まっているからだ。

実際のところ、平均寿命5年というのは、割と的を射ている気もする。動物の愛護及び管理に関する法律では、公共の場所で負傷した動物は、行政が収容しなければならないことになっている。野良猫は基本、激しく攻撃してくるため触らせてくれないため、僕らが収容する個体というのは、そのほとんどが息も絶え絶え、瀕死の個体だ。歯の状態等から年齢を推測したときに、高齢の猫はあまり見かけない。つまり、多くは若くして亡くなると考えられる。また、生まれた子猫が全部すくすくと育てるほど、野良の世界は甘くない。そのほとんどはカラスやイタチの餌食となっていると考えるのが自然なのだ。

さて、このTNR活動。捕まえた、手術をした、放した。これでその猫が子を産むことはない。しかし、当然糞尿は今まで通りにする。オス猫については、いわゆるスプレー(マーキングのためにする臭いのきつい尿)は個体差はあるものの減ってくれるが、それでも糞尿はする。

これについての住民理解を得ることは非常に難しく、僕らはいつも頭を悩ませている。